2008年8月30日土曜日

明日は雁坂峠

雁坂峠トレイルランの練習会の予定だが、この雨の降り方を見ていると心配になってくる。ただ天気予報では曇。沢渡りの個所があるようなのでそこや登山道の崩落がなければ、大丈夫ということか。
明日は7時前に毛呂山のスポーツエイドジャパンの事務所に集合してから行く予定。

2008年8月26日火曜日

桧原湖一周〜慣れないサドルでおしりが痛い




夏休みで裏磐梯に来ている。まずは朝練として、5時半から桧原湖を一周サイクリングしてみた。30km強、との話だったから1時間半もあれば回れるだろうとの読み。折りたたみ自転車を持ち込んだのだが、最初は快適、ところが普段「シティサイクル」にしか乗っていないものだから、堅くて細い本物風のサドルがだんだん痛くなってきてしまった。
しかも一周が思ったよりも長かった・・・。景色もロードもすてきなのだが、後半はすっかりサドルとの戦いになってしまった。
ところでこの裏磐梯も夏の合宿所として有名になってきて、五輪前には赤羽有紀子選手や佐藤敦之選手も来ていたようだが、いくつかのチームが朝のjogをしていた。写真がとれたのはこのピンクパンツの高校のみ。どこの学校でしょう?

2008年8月20日水曜日

新しいゲル・トラブーコ


7月末に発売されたゲル・トラブーコ11を池袋アートスポーツで購入した。
昨年のゲル・トラブーコ10はあえてアメリカからカラーも素材も日本版と違うモデルを輸入してみたのだが、1年間のトレイルランニング、レース、山歩き全てに大活躍してくれた。さすがに6月の志賀野反トレイルレースでだいぶガタが来て、小指の外側に両方穴が空いてしまった。25.0サイズでわずかに小さい感じがしたので、今年はメンズの最小サイズである25.5にした。
足甲〜踵はまあまあフィット。足先が余る感じがするが、下りではきついと爪がやられやすいのでこれでもよさそうである。
カラーはグレー基調でウェアに合わせやすく、赤のラインが精悍な感じ。練習もレースも当分これでいく。

2008年8月17日日曜日

秋〜冬のレース予定

奥武蔵ウルトラが終わって、しばらくレースの予定がない。
9月は珍しくレースには出ず、10月から地元のトレイルや山岳コースのレースに出て脚づくりをしていき、2月の別大でまたタイムを狙う予定。その前に一度フルに出るとするなら、近いところで11月23日の大田原だろうか。昨年自己ベストを出したつくばは今年は学会が重なり出られない。
毎年出ていた手賀沼ハーフは今年は遠慮させていただいて毛呂山鎌北湖マラソンにした。

<出場レース予定>
10/19 名栗湖〜棒ノ嶺ピークハントマラソン 11km
10/26 毛呂山鎌北湖マラソン 10km
11/ 9 奥武蔵高原スーパークロスカントリー 17km
11/23 大田原マラソン(出場考慮中)
12/12 チャレンジド・クロスカントリーin彩の国宮沢湖 10km

2008年8月16日土曜日

レース公式結果

6月29日のOSJ志賀野反トレイルレースの記録証が送られてきていた。奥武蔵ウルトラマラソンの完走証と合わせて紹介。

OSJ志賀野反トレイルレース 15km部門 2:42:07 男子58位 総合58位 年代別23位
奥武蔵ウルトラマラソン    77km   8:37:02 20-44歳男子の部89位 総合246位

志賀野反の方は、優勝の松本大選手に63分も差をつけられている。ロードレースでは優勝者とこんなに差がつくことはありえない。やはり特殊な競技だ。レースに出るからには、もう少しトレイル対策をしないといけない。

2008年8月10日日曜日

奥武蔵ウルトラマラソン〜昨年に続き、大バテ



本日奥武蔵ウルトラマラソンに出場した。埼玉医大にとっては地元と言っていいレースで、毛呂山総合公園発着で奥武蔵グリーンラインを走る77kmの真夏のウルトラマラソンだ。
残念ながら研修1年目のM枝選手が練習不足を理由に棄権したので、U田君と2人の出場。
私は鎌北湖から顔振峠に至る途中の20kmすぎに早くも坂を快調に登れなくなり、おかしいなと思ううちにみるみる失速。フルの通過も例年より10分以上遅い4時間24分。46kmの折り返しの後は一時的に持ち直して5km30分ペースで粘ったが、ラスト10kmで完全に脚に来て、下り坂でも両大腿四頭筋、両ふくらはぎ、両大腿裏がぴくぴくと痙攣する始末で、完全な大失速。何十人と抜かれて情けない思いをした。初めてU田選手にもかわされてゴールは8時間37分でした。
涼しかっただけにこの成績では全く不甲斐ない。肝心の6-7月に奥武蔵練習が足りなかったこと、3時間以上のランニングを全くやれなかったこと、富士登山競走の疲れが抜けないうちにつじつま合わせの練習を直前にやりすぎたこと、が主な原因だろう。
U田君の方は、昨年より距離が2km伸びたのにもかかわらず、45分もタイムを縮める快走だった。コンスタントにグリーンラインを3〜4時間走をやっていた成果だろう。おめでとう。

筋肉痛がひどく、まともに歩けないし、立ち上がるのにも一苦労。胃もやられていて夕食にビールが飲めなかった。情けなし・・・。
サブスリーランナーでこんなにタイムが悪い選手も珍しいかも。

2008年8月4日月曜日

ランナーズ9月号


現在発売中のランナーズ9月号に出ている。「ナイトラン」の特集で、6月に取材に来てくれたもの。
病院の出入り口の写真や、勤務中の写真も出ている。立ち読みでいいので(ランナーズに怒られるか)見てみて。

2008年8月3日日曜日

奥武蔵ウルトラマラソン1週間前




今朝は奥武蔵ウルトラマラソン1週間前の刺激およびコースチェックとして、朝6時から鎌北湖から一本杉峠、顔振峠、傘杉峠を経て高山不動までを往復した。距離は片道16km、標高は200mから700mまでを登って下る。
レース1週間前だからなるべく疲労を体に残さず、でも上り下りの刺激は脚に与えておきたいし、一本杉から高山までのコースももういちど確認しておきたい、という欲張りな企画だったが、なかなかそう都合良くはいかなかった。暑さとアップダウンのせいで後半は相当に脚にきて、とぼとぼjogにならないようにするのが精一杯。片道90分、往復ちょうど3時間であった。
すでにコースには今年から新しい距離表示と「奥武蔵ウルトラマラソン」の幟がところどころに飾られている。序盤のコース変更のために、総距離が75kmから77kmに伸び、5kmごとのポイント表示も2kmずれることになる。これまでのポイントが染みついていると、時々混乱してしまう。
今日も7-8人のランナーとコース上ですれ違った。皆、来週のコース下見だろうか。またここは自転車ロード競技の練習場所としてもメッカのようで、集団走行しているチームもあった。そんな中に時々バイク(オートバイ)の轟音が迫ってくることがあり、非常に怖い思いをする。彼らは時としてカーブで最短距離をとろうと中央をはみ出してくることもある。静かな山岳の森林コースに響く騒音も相当なものであり、ランナーの立場からするとできれば勘弁してもらいたい。せめてスピードとアクセルを遠慮してほしいものである。
今日は約1.5リットルの飲料(ハイドラパックとボトル合計)をほぼ飲み干した。来週の本番レースも暑さとの戦いになりそう。

2008年8月2日土曜日

埼玉インターハイ最終日


今日は午前の外来を終わらせてから、熊谷へインターハイを見に行ってきた。実はインターハイを観戦するのは初めて。自分が高校生のときは、たしか関東圏で開催されなかったし、卒業してからはわざわざ見に行こうなどとは考えもしなかった。
今回はもちろん世界ジュニアで知り合った監督さんたちに挨拶して、代表選手達の競技ぶりを見ておきたいと思ったわけで、47年に一度の地元開催なのに全く知らんぷりももったいない。
で、正直な感想は、「え、インターハイってこの程度の盛り上がりなの」というもの。都大会とか支部大会とかと特に雰囲気はかわらない。もう5日目で残り種目も少なくて、みんな疲れちゃっているのだろうか。
僕自身は南関東大会もインターハイも行ったことがないので、あこがればかりが強かったのかもしれない。関東インカレの方が統一のとれた応援と観客数の点で、盛り上がっているのでは。
これでは高校野球や高校サッカーなどと比べると、あまりにも「地味」。これは選手も、他競技に逃げてしまうぞ、と思った。
で、今日お目当てだった種目は3000障害。両角監督に注目するようにと言われていた佐久長聖の選手がちゃんと2位に入った。優勝が仙台育英の留学生だったわけだが、これが長距離種目がいまいち盛り上がっていない一因と感じた。なにしろ前半はおとなしくしているのだが、後半にあっという間に出て行ってしまい「全然実力が違うな」という無力感を日本人選手にいだかしめる走りなのだ。
女子3000も留学生について言えば全く同じ展開だった。これでは日本人はいくら頑張っても2位がいいところなわけで、いまいち走る方も応援する方もやる気が出ないのも当然だろう。
世界ジュニアでご一緒した先生方と出会って話したところの結論は、やはり世界ジュニアに出た選手達はインターハイでふるわないということ。110Hも200も400も5000も、世界ジュニアで高校生離れした走りを見せた選手達が、インターハイで勝てない。やはりコンディショニングが難しいのだろう。
ちなみに佐久長聖の村澤君は、留学生についていく果敢なレース運びだったものの、早々に離れてしまって日本人集団に追いつかれて6位だったとのこと。日本人4位という結果だけ見て心配したが、積極的に挑んだ結果だということで、ほっとした。でも本調子なら終盤までついていったか、一泡吹かせたかできたはずだからやはりこれも世界ジュニアの後のコンディショニングか。
なにしろ僕自信ががまだ時差ぼけの影響なのか、昼間11時くらいに極度に眠くなり、夜なかなか眠くならないというリズムに苦しんでいるぐらいだから、選手本人は大丈夫、と思っても案外影響は残るのかもしれない。
こうして世界ジュニア帰りの選手達のコンディションがいまいちなことが多くの監督の意識に植え付けられてしまうと、来年以降もますます有力選手の世界ジュニア、世界ユース出場辞退が増えてしまいそうで、心配である。8月後半か9月の世界大会開催なら問題ないのだが・・・。